東京駅赤レンガの歴史と謎に迫る!深谷レンガと約800万個の真実
毎日数十万人が行き交う日本の玄関口、東京駅。丸の内広場に降り立つと、堂々たる佇まいで迎えてくれるのが「赤レンガ駅舎」の愛称で親しまれる東京駅丸の内駅舎です。2012年の保存復原工事完了から年月が経ち、2026年の現在もその重厚な美しさは国内外の観光客を魅了し続けています。
しかし、なぜ1世紀以上前にこれほど膨大な赤レンガを用いた巨大駅舎が誕生したのでしょうか。そこには「日本資本主義の父」と呼ばれる渋沢栄一や、明治建築界の巨匠・辰野金吾の情熱、そして知られざる製造の舞台裏が存在します。普段何気なく通り過ぎている赤レンガの壁面に隠された歴史と、知れば景色が一変する見どころを徹底解説します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:東京駅の赤レンガは約800万個(構造用+化粧用)が使われ、その多くは渋沢栄一が設立した「日本煉瓦製造」の深谷レンガ。
- 要点2:赤レンガ色の理由は、当時の国家威信をかけた「不燃都市化」と耐火性・耐久性の追求、辰野金吾が得意としたフリークラシカル様式の結晶。
- 要点3:2012年の保存復原により創建当時の3階建て・ドーム形状が復活し、2階(大正創建)と3階(平成復原)のレンガの質感の違いなど見どころが満載。
【歴史の真相】なぜ深谷レンガだったのか?渋沢栄一と日本煉瓦製造の絆
東京駅丸の内駅舎を象徴する赤レンガ。そのルーツを辿ると、埼玉県深谷市へと行き着きます。明治時代、東京を燃えない近代都市へと作り変える国家プロジェクト「官庁集中計画」が進められる中、良質なレンガの国産化が急務となっていました。
そこで立ち上がったのが、深谷出身の実業家・渋沢栄一です。渋沢は1887年(明治20年)、日本初の機械式レンガ工場である「日本煉瓦製造株式会社」を深谷の地に設立しました。利根川水系の良質な粘土と、荒川・隅田川を使った舟運ルートの利便性に着目した英断でした。
深谷でドイツ式のホフマン窯を用いて焼き上げられた深谷レンガは、非常に硬度が高く品質が均一でした。東京駅の建設が本格化した際、この信頼性の高い深谷レンガが構造用レンガとして大量に採用され、荒川の水運や専用鉄道(日本煉瓦製造専用線)を経て建設現場へと運ばれました。東京駅の赤レンガは、日本の近代産業化を牽引した渋沢栄一の情熱そのものと言えます。
【壮大な建築の謎】約800万個のレンガと辰野金吾が選んだ「赤レンガ色」の理由
東京駅丸の内駅舎の設計を手がけたのは、日本銀行本店なども設計した近代建築のパイオニア・辰野金吾です。辰野はイギリス留学で学んだヴィクトリアン・ゴシック様式を取り入れ、赤レンガに白い花崗岩を帯状に配する独自のデザインを確立しました。これは後に「辰野式(フリークラシカル様式)」と呼ばれます。
建設に使用されたレンガの総数は、構造用レンガが約733万個、表面を覆う化粧レンガが約50万個、合計で約800万個に達します。では、なぜあえて赤レンガ色が選ばれたのでしょうか。
最大の理由は、当時の最新技術であった「鉄骨煉瓦造」による耐火性と耐久性の誇示です。明治の日本は木造長屋が多く、度重なる大火に見舞われていました。赤レンガの堂々たる色彩は、火災に強い不燃都市のシンボルであり、欧米列強に肩を並べる近代国家としてのプライドを示す色でもあったのです。さらに、表面の化粧レンガには吸水率が低く変色しにくい良質な赤レンガが厳選され、100年以上の風雪に耐えうる耐久性を実現しました。
【戦火からの蘇生】赤レンガ駅舎保存復原の軌跡と国指定重要文化財
1914年(大正3年)に開業した東京駅丸の内駅舎は、1923年の関東大震災では強固な鉄骨煉瓦造のおかげでほぼ無傷で耐え抜きました。しかし、1945年5月の東京大空襲により屋根や内装が焼失。戦後の復興期には、応急処置として2階建ての八角形屋根として修復され、その姿のまま半世紀以上利用されてきました。
転機が訪れたのは2003年。駅舎が国の重要文化財に指定されたことを受け、駅舎を解体・建て替えするのではなく、大正創建当時の3階建て・南北ドーム屋根へと戻す「丸の内駅舎保存復原」プロジェクトが始動しました。
2007年から約5年の歳月をかけて行われた工事では、既存の躯体レンガを極力残しながら、地下に免震装置を設置する世界初の大規模免震レトロフィット工法を採用。戦災を生き延びた歴史的レンガを守り抜き、2012年10月に創建当時の壮麗な姿を完全に取り戻しました。
【知れば景色が一変】東京駅赤レンガの必見見どころ5選
東京駅を訪れた際、細部に目を向けると幾重もの歴史的ドラマが浮かび上がってきます。現地で必ずチェックしたいポイントを紹介します。
1. 2階と3階のレンガの「継ぎ目」
外壁をよく観察すると、2階部分までは大正時代の既存レンガがそのまま残され、3階部分は復原時に新しく焼かれた化粧レンガが積まれています。色合いや風合いのわずかな違いが、歴史の積み重なりを物語っています。
2. 南北ドーム内部のレリーフと十二支
見上げて驚く南北ドームの天井には、八角形のコーナーに「八支(干支の8つの動物)」のレリーフが配されています。残る4つの干支は、辰野金吾が設計した佐賀県「武雄温泉楼門」に刻まれており、東西で1つの十二支が完成する粋な仕掛けです。
3. 原敬首相遭難現場プレート
丸の内南口の券売機横には、1921年に現職首相であった原敬が凶刃に倒れた現場を示すプレートとタイルの埋め込みがあります。駅舎自体が日本の近代政治史の舞台でした。
4. 赤レンガの刻印を探す
駅構内や周辺の展示コーナーで見られるレンガには、「上敷免(日本煉瓦製造の工場所在地)」の刻印が残されているものがあります。
5. 丸の内駅前広場の夜景ライトアップ
日没後にライトアップされる赤レンガ駅舎は、温かみのあるオレンジ色の光に包まれ、昼間とは全く異なる幻想的な表情を見せてくれます。
【お土産に人気】赤レンガの歴史を味わう名物「東京レンガぱん」
赤レンガの魅力を五感で楽しむなら、東京駅限定の名物スイーツも見逃せません。エキュート東京内にある「東京あんぱん豆一豆(まめいちず)」の「東京レンガぱん」は、東京駅の赤レンガをリアルに再現した四角い形状が特徴です。
小豆を練り込んだ特製生地の中には、上品な甘さのこし餡と白餡入りの特製ホイップクリームが2層仕立てでぎっしり詰まっています。表面には「東京駅」の焼印が押されており、歴史巡りの記念やお土産として絶大な人気を誇ります。
【東京駅の赤レンガ】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:東京駅の赤レンガは全部で何個使われているのですか?
A1:大正創建時の駅舎全体で約800万個が使用されました。内訳は壁の骨格となる構造用レンガが約733万個、外観を美しく仕上げる化粧レンガが約50万個です。2012年の復原工事では、約50万個の復原用化粧レンガが新たに製造・追加されました。
Q2:東京駅のレンガはどこで製造されたのですか?
A2:構造用レンガの多くは、埼玉県深谷市にあった渋沢栄一設立の「日本煉瓦製造株式会社」で製造されました。化粧レンガは品川白煉瓦(現在の品川リフラクトリーズ)などが納入し、2012年の復原工事の際は品川リフラクトリーズが当時の色合いを忠実に再現して焼き上げました。
Q3:赤レンガ駅舎を一番綺麗に撮影できるビュースポットはどこですか?
A3:丸の内駅前広場の中央からの全景撮影はもちろん、駅前にある商業施設「KITTE丸の内」の6階屋上庭園「KITTEガーデン」や、「丸ビル」の5階テラスからの俯瞰アングルが絶景スポットとしておすすめです。
まとめ:100年の時を超えて未来へ受け継がれる赤レンガの輝き
東京駅丸の内駅舎の赤レンガには、近代日本の礎を築いた渋沢栄一や辰野金吾らの情熱、震災や戦災を乗り越えた不屈の歴史が刻まれています。単なる美しいレトロ建築にとどまらず、約800万個のレンガ1つひとつが激動の近代史を物語る貴重な遺産です。
次に東京駅を訪れる際は、ぜひ立ち止まって赤レンガの壁面やドーム天井を見上げてみてください。積み重ねられた歴史の重みを肌で感じることで、いつもの駅の景色がより深く、味わい深いものへと変わるはずです。 (出典: 東京 駅 レンガ(Yahoo!ニュース))